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2004年 09月 08日

「グランド・ゼロ」という本

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今日は9月8日、9.11まであと3日です。ワールドトレードセンターの出来る前から写真を撮りためていた写真家、佐藤秀明氏とこの本に出合えたのも、不思議な流れのような気がします。グランド・ゼロはこの本の下の地下鉄の路線図、一番左下の白くなっている部分です。上の緑のところがセントラルパークです。

「グランド・ゼロ」と名づけられたこの本の最初のページに、ベッドの下に長く眠っていたネガについて、「なぜなら、そのネガに残されている写真とは、僕が駆け出しの頃、いや駆け出してもいない頃、つまり、30年以上も前に撮影した、アメリカの同時多発テロで消滅したニューヨークのワールド・トレード・センターが何もない場所から建ちあがっていく誕生の物語そのものなのだ」という文章があります。

大学を卒業した佐藤氏が、ロサンゼルスから長距離バスでNYの42丁目(ブロードウェイのすぐ側)にあるバスターミナルに着くところから、この本のNY物語が始まります。着いたその日から大変な目にあった日々を、見事なタッチで描いています。
いっときビールを楽しんで表に出ると、すっかり整地されたワールドトレードセンタービルの敷地をはさんで、ローアー・マンハッタンを構成する巨大な摩天楼の灯がダイヤモンドのように見えた。
しばらく立ち止まってその灯を見つめていると、マンハッタンで一人で暮らす孤独感のようなものがひたひたと押し寄せてきた。
相変わらず路上を徘徊する日が続く。被写体はありあまる程ある。ワシントン広場のエンターテイナー、週末ごとに繰り広げられるベトナム反戦デモ、下町で暮らす人々、皆、生き延びようと懸命だ。だから光り輝いて見える。貧しくても、そんな人達がマンハッタンを支えていたのだ。
唯一、この大都会の活気に背を向けて生きているバワリーの住人たちも僕の大切な被写体だった。
この街がいつの頃からこんな風になってしまったのかわからないが、アル中やホームレスの街として有名だった。今ではそういう人達の姿を探すことも困難な、きれいな街になってしまったが、当時は撮るものがなくなるとバワリーへと足が向いてしまったものである。
そして気力もうせ、ただそこにいるだけの人達をよく撮った。そして追いかけられもした。
その頃の僕は、逃げ足も速かったのである。
そのうちすり減った靴のかかとはばっくりと口が開いて、歩くとパタパタの音をだすようになった。新しい靴をかうのが惜しかったのだ。ビール代に1ドルを平気で使うくせに、安売りの靴を買うことを惜しむなんて。。。。 (グランド・ゼロより)

ワールドセンターの建築と平行して、自身のNYでの生活が語られる本書を、講演会の後、近くのカフェで一気に読んでしまいました。中でも警官ラスとの出会い、家族との交流、20年以上経過してからの運命的な再会が待つくだりは圧巻。そして9.11と話が続きます。

写真家佐藤氏にとっても、これは一つの運命なのでしょう。写真の持つインパクト、本の持つ説得力、訴える力が確かにあります。ブログを見てくださる方々にも、是非お勧めしたい一冊です。あなたの何かが変わるかもしれません。
「グランド・ゼロ」という本_a0035442_1103619.jpg
(バワリーの平均的日常人物図、写真集より)
今朝のニュースによると、イラク開戦以来米軍の死者が1,000人を超えたそうです。イラク人の死者はその何倍になるのでしょうか。

by dabadabax | 2004-09-08 11:17 | NY-いろいろ


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