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2007年 08月 15日

「坂の上の雲」とスペシャルドラマ

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松山に行く前に、ネットやガイドブックで「坂の上の雲」ミュージアムがオープンしたことを知り、図書館で本を借りて読み始めた。歴史物は好きだが、文庫本8冊を一気に読んだのは生まれて初めて。でも本当に面白かった。四万十川、砥部焼にも感動したが、この本に出会えたことも、今回の松山への旅の大きな収穫だった。知る楽しさを満喫した。

これは司馬遼太郎が調査に5年、執筆(昭和43年(1968年)から47年(1972年)にかけ産経新聞に連載)に4年と3ヶ月をかけ、松山出身の秋山好古、真之兄弟、真之の親友、正岡子規の生涯を中心に、幕末から日露戦争に至る過程を克明に記した、とてつもないスケールの話である。調べるについて無数の困難があったとあとがきに記してあるが、成立してわずか30余年という新興国家の中の人間と人生をこれだけ生き生きと描いた小説は、見事としか言いようがない。戦争もまるで戦場にいるが如くに逐一描写してある。事実関係に誤りがないように、限りない努力を払ったそうだ。アフリカの喜望峰を回って遠路はるばる来た強力バルチック艦隊がなぜ敗れたのか、非常に興味深かった。

皇帝が牛耳る専制国家、「ロシアはみずから負けたところが多く、日本はそのすぐれた計画性と敵軍のそういう事情のゆえにきわどい勝利を拾い続けたというのが日露戦争であろう」。帝国主義真っ只中の世界にあって、「もしロシアに負ければ、日本の全土がロシア領にならないとしても、対馬、佐世保がロシアの祖着地、北海道と千島劣等はロシア領になる可能性が高かった」。圧倒的に不利な戦争だったが、日本はロシアに勝利したのである。

だが「戦後の日本は、この冷厳な相対関係を国民に教えようとせず、国民もそれを知ろうとはしなかった。むしろ勝利を絶対化し、日本軍の神秘的強さを信仰するようになり、その部分において民族的に痴呆化した。日露戦争を境として日本人の国民的理性が大きく後退して狂躁の昭和期に入る。やがて国家と国民が狂いだして太平洋戦争をやってのけて敗北するのは、日露戦争後わずか40年のちのことである。敗戦が国民に理性をあたえ、勝利が国民を凶器にするとすれば、長い民族の歴史からみれば、戦争の勝敗などというものは、まことに不可思議なものである」とも記している。

おりしも今日は終戦の日だった。
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安藤忠雄設計のミュージアムは、町の中心地にある。また松山に行くことがあれば、是非また寄りたい。
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すぐ近くにある松山兄弟の生家。昭和20年の空襲で焼失したため、平成16年に復元された。兄弟が非常に美男子なのに驚くとともに、豊かではなかった子ども時代から、日露戦争勝利に導くまでの奮闘努力に惹き付けられた。興味のある方は以下のサイトも是非どうぞ。
[春や昔、坂の上の雲のファンサイト」
[坂の上の雲と秋山真之と村上水軍」
「坂の上の人々」




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この壮大な話は、2009年から2011年まで毎年秋にNHKで全13回放送されるそうだ。秋山好古を阿部寛、秋山真之を本木雅弘、 正岡子規を香川照之が演じると言う。これは絶対に楽しみに待たなくては。図書館で8冊借りて読んだが、読んだら返していったので写真にあるのは5冊のみ。第1巻はBookoffで105円で購入したが、いずれすべて揃えたいと思っている。

by dabadabax | 2007-08-15 21:49 | 四国


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