カテゴリ:NY-街並み( 52 )


2004年 10月 07日

東京のビルと空

9月下旬に品川に行きました。NYのオイスターバーで東京に支店ができたからと聞いていたので試食に出かけたのです。それは明日にさせていただくとして、品川の東口がすごく変わったことに驚きました。再開発の流れを受けてビジネス街に大変身。その中でビルと空を撮ってみました。夕方までいられればもっと光が工夫できたのにと残念です。川沿いのプロムナードで、1匹のネコに出会いましたが、「ここは俺の縄張りだぜ。何しにきたんだよー」とばかりに思いっきりガンを飛ばされました。東京の湾岸エリアはすさまじい勢いで変わっていますが、ノラネコには迷惑なことかもしれませんね。a0035442_12143657.jpg

昨日の井の頭公園の写真にたくさんの方がコメントを寄せてくださり、ありがとうございました。とっても嬉しいです。皆さんの選んでくださる写真はいろいろで、とっても興味深かったです。1番最初の写真を選んでくださった方は皆無。私はその写真が一番好きでした。ああ、ひとりよがりではいけないんだと強く感じました。つたない写真ばかりですが、今日の写真も好みを教えて下されば嬉しいです。辛口の批評もご遠慮なくお願いします。どういう風に撮ればいいのか、とても勉強になります。お待ちしてます。
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<松井の犠牲フライでヤンキース1勝1敗のタイに!>
プレイオフシリーズ、5-5の延長の12回表、ミネソタツィンズに1点を取られて絶体絶命に追い込まれたヤンキース。6-6と同点にした後、4番松井の犠牲フライでジーターが本塁に突っ込み7-6と大逆転。ニューヨーク、ニューヨークが流れるスタジアムは大歓声に包まれました。4番の重責を果たした松井は満面の笑顔。ヤンキースの4番だもの。すごい!!! イチローの分まで頑張って欲しいですね。

by dabadabax | 2004-10-07 12:20 | NY-街並み
2004年 09月 07日

怖いハーレム

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上のハーレムの駅の写真はご本人に聞きませんでしたが、最初にNYに行かれた1967年当時のものではないかと思います。24歳だったそうです。(吉田ルイ子さんがコロンビア大学に留学していたのはこの少し前で26歳だったとか) 

その頃のニューヨークは路上生活者で溢れかえっていた。暖かいグランドセントラル駅には冬になるとそういった人たちが押し寄せ、朝や夕方のトイレは彼らの専用室と化していた。そこを利用しようと思った人達にとってはたまったものではなかっただろう。

チャイナタウンとリトルイタリーをまたぐ辺りやブルックリン・ブリッジ近くのフルトン界隈、また、ハーレムの瓦礫の中にも彼らの社会や家庭があった。

僕はそんな人達によくレンズを向けた。(途中略)

よくもまあ、なんのトラブルもなく撮影ができたものだと、今になって感心する。それは若かったことと貧しかったことが可能にさせたのではないか。若さというのは少々図々しくても誰からも許されてしまうのだ。(グランド・ゼロより)

当時のハーレムはそれは危険だったそうで、1972年に戻られたときはNYの経済が破綻し、NYの街全体が汚れ、歩いていても殺気を感じたとか。若くて逃げ足も早かったからと何度も言ってらした。
a0035442_14131750.jpg右の写真は2004年夏のハーレムの駅から。モノクロにしてみました。多分同じ駅かと思います。とても洒落た駅に様変わり。駅から見下ろす通りにもゴミが全くありません。こうやってきれいになった町は家賃が高騰し、貧乏人はどんどん追い出されているとか。。。 

なお文中の、グランドセントラルステーションとは私がクラムチャウダーを食べたオイスターバーがある駅。フルトン界隈というのは、たらちゃんの頭をもらったサウスシーポートの魚市場。駅は天井に星座がちりばめられ、マイケル ジョーダンのステーキハウスまである美術館のようなところに、魚市場もすぐ隣が一大観光地になり、ブルックリンブリッジを臨む見事な夜景のロマンチックスポットに変わっています。夜一人で帰っても全然平気でした。a0035442_1414124.jpg

by dabadabax | 2004-09-07 14:25 | NY-街並み
2004年 09月 03日

こだわる理由、ハーレム(その10)


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ハーレムに10回も多くの写真を載せて、あきれた方もいらっしゃるかもしれません。すみません。でもハーレムに対する印象が少しでも変わったとしたら、そこに住む方たちにとっても私たちにとってもいいことでしょう。ハーレムに住む日本人も増えてきているということですので、私たちが得られる情報もこれからもっと増えることでしょう。興味をもたれた方はアキツさんのツアー、堂本さんのツアーに是非ご参加くださいね。

堂本さんにツアーをお願いしたときに、125丁目から始まったツアーの最後は155丁目のラッカーパークにお願いしました。午後2時から3時間のツアーは、快晴の天気が5時近くなると暗くなり、解散時には遂に雷がなり始めて豪雨となりました。同行の人たちはそれぞれミュージカルやセントラルパークに行くために地下鉄に乗りましたが、私だけ残りました。155丁目にあるストリートバスケットのトーナメントが行われるラッカーパークに行くためです。

堂本さんとメールを交わしたときに、ストバスに興味のある女性が是非会いたいと言っていると紹介されたのが、アキツさんでした。仕事を終えて駆けつけてくれたアキツさんは、急に中止になった試合がサウスブロンクスで行われるとのことで、地下鉄を乗り換え連れて行ってくれました。駅に着いたものの、一体どこで行われているのやら。大学の事務所で調べてくれた高校の体育館は幸い駅から2ブロックくらいでしたが、アキツさんの助けがなければ、絶対に行けなかったでしょう。本当にありがとうございました。

体育館の中では女子の試合の後、男子の試合が行われましたが、観客席は家族や友人でほぼ満員(勿論黒人ばかり)。もちろんNBAの試合ではないのですが、最前列で見る試合は結構迫力がありました。ちょうど隣の男性(41歳)がずっとストバスをやってきた人で、いろいろ説明をしてくれました。NBAにも詳しく、あれがロン アーテストの弟だとか、このところの選手のトレード話も詳しく説明してくれ、すっかりお友達になりました。8月のファイナルにも見にくればいいのにとお誘いを受けましたが、それは無理。また是非来たいからとメールアドレスを教えてもらいました。

6年前にハーレムに初めて来てから、私にとっては不思議な流れが続いています。この年になってハーレムにまで来てストバスを見るようになるとは思ってもみませんでした。でも自分の中では何かが始まっているような気がします。写真は雨の中、中止になったラッカーパーク(右の方)、ストバスをする人にとっては聖地です。ただのコートなのですが、トーナメントの規模は今年からアメリカ各地で予選が行われ、スポンサーも多くつく、一大トーナメントになっています。

by dabadabax | 2004-09-03 19:01 | NY-街並み
2004年 09月 03日

美しいハーレム(その9)

a0035442_8421810.jpg 私の手元にハーレムの歴史的建造物を記した1枚の地図があります。ツアーはアビシニアン教会の前を通って、セントニコラス歴史保存地区を抜けて、シティカレッジへ。そして右の写真のハミルトンハイツ歴史保存地区を通りましたが、地図を見るとハーレムはまだまだ広いようです。

ハーレムはその昔は農業中心の村だったそうですが、1870年代にマンハッタンの中心部から電車が開通して、不動産業者が競うように白人向けに住宅を建てて売り出したのだそうです。でも思うように売れなかったので、中心部を追い出された黒人に売った結果、黒人居住地になったとか。

このシティカレッジ周辺はとても美しいところで、私も最初に行ったときにはあまりの美しさにびっくり。一口にハーレムと言っても様々な顔があるようです。度々紹介しているアキツさんが自転車ツアーを手伝っていて、その様子を書いていますので是非読んで頂ければと思います。a0035442_9591345.jpga0035442_1001315.jpg

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by dabadabax | 2004-09-03 10:07 | NY-街並み
2004年 09月 02日

ハーレム(その7)

ハーレムの写真を続けさせて下さい。6年前のウォーキングツアーの際に、アメリカ人のガイドさんに(ニューヨーク大学でもマンハッタンの歴史を教え、A Walking Guide through Historyという本も何冊も出している歴史家。NYではこういう方がガイドをしています。英語が分からなくてもくっついて歩いているだけでも雰囲気が分かるし、しかも安いのでお勧め。NYタイムズなどに情報が載っています)、 是非日曜日の礼拝に行きなさいと勧められたのが、138丁目にあるアビシニアン教会(左1枚目)。ハーレムには人々の心を支える教会が数多くありますが、ここは中でも中心的な存在。貧しい人々、困っている人々を支えるために積極的に活動を続けていることでも有名なようです。2回礼拝にあずかったことがありますが、信者だけでなく、世界中から観光客も来ていて長蛇の列でした。牧師さんの熱のこもった説教、迫力満点かつ美しいゴスペルなど、カトリック教会とはまったく異なる雰囲気。ハーレムの人々も着飾ってお洒落な格好で集まります。(観光客はラフな格好なのですぐに分かります) 
右の写真は、ハーレム(その5)で堂本さんの話している廃墟(ハーレムその6の下の2枚の写真)のすぐ左にある公園。人々がゆったりすごしています。子どもたちはやはりバスケット。リングはあちこちにあります。(昨日の成蹊のケヤキ並木より、このハーレムの公園の並木の方が立派ですね。こうしてみるとハーレムには緑がおおいことに気づきます)
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右の写真は暗くてよく見えなくて申し訳ないのですが、教会の少し先の木の上にいくつもスニーカーがぶら下がっていました。「えー、なんで?」と家の前の椅子に腰掛けていたおじさんに聞くと、死んだ人のスニーカーをほおり投げてつるし、死者の霊を弔うのだそうです。異なる文化です。

by dabadabax | 2004-09-02 08:54 | NY-街並み
2004年 08月 31日

ハーレム(その6)

ハーレムの一角を集めてみました。このような荒廃した場所も現在、一番下の写真のように、手前の建物を壊して後ろの新しいビルのように建替えが進められているようです。小さい写真の4枚目の後ろのお城のような建物はシティ カレッジです。
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by dabadabax | 2004-08-31 07:51 | NY-街並み
2004年 08月 31日

ハーレム(その5)堂本さんのHPより

昨日も紹介させてもらった堂本さんのHPから少し引用させてもらいます。NYって5番街、ミュージカル、ショッピングの街だけではないようです。この日々の考察って本当に興味深くてお勧めです。

日々の考察
http://www3.diary.ne.jp/user/310766/

■2004/01/10 (土) NYのワースト校

 ニューヨークの公立学校は荒れ放題。最近は日本の学校も怖いらしいけれど、その怖さのレベルがちょっと違う(と思う。)なんといっても入り口に金属探知器があり、警備員がいるわけです。

 そんな状態にニューヨーク市長がとうとうキレて、「ワーストスクール12」を発表し、その学校にめったやたらな数の警官を配備させた。

 若い黒人警官が「生徒はお巡りのことなんか屁とも思ってないね」と言ってた。どういうことかと言うと、現行犯逮捕でない限り、警官は子どもに手出しできないのだ。「なにか悪いことをやっていそう」というだけで手荒なことをしようものなら、逆に児童虐待とか、人権無視で訴えられる。

 他にもいろいろ問題があって、今回の措置の善し悪しがいろいろと議論されているけれど、それは置いておくとして、その公立高校&中学校ワースト12に、なんとハーレムの学校がランクインしていないのである。驚いたでしょ。

 12校のうち、6校がブルックリンにある学校、4校がブロンクス、1校がクイーンズ、最後の1校はマンハッタンのロウアーイーストサイド。

 ワースト20くらいまで広げると、さすがにハーレムの学校も入ると思うけれど、日本で「ハーレム、めちゃくちゃ怖そう!」とか言われているのが間違った先入観だということの証明ですね。

■2004/01/08 (木) 黒人の方(かた)はコワい

 あるウエブサイトの掲示板で面白い書き込みを見つけた。ニューヨークのブルックリンについての表記。

> 黒人の方ばかりで怖い雰囲気でした。

 むむむむ…。なんとも言えない微妙な日本語。

 そもそも、「方(かた)」とは、「人(ひと)」の丁寧な言い方だから、「黒人の方」はオカシな二重表現。

 それに、発言者がブルックリンを怖いと思ったのは、そこに居たのが黒人ばっかりだったからのようで、それならば「黒人の方」っていう丁寧な言い方はヘン。この人にとって黒人はネガティブな存在だったわけだから。「犯罪者の方ばかりで怖い雰囲気でした」とは言わないでしょう、この人も。

 要するに「黒人は怖い」けれど、「黒人を黒人というだけで差別してはイケない」というポリティカリー・コレクトを知っている。しかも「黒人」という言葉自体に差別的な響きがあると考えている人も多い。だからこんなヘンな表現になっちゃったんでしょうね。

 ちなみに、その人が怖いと言ったブルックリン。かなり広い区なのでいろんなエリアがあり、ブルックリンというだけで「怖い」というのは大間違い。けれど中には確かに「荒っぽい」場所もありますです。はい。

■2004/02/08 (日) ヤムルカとスイカ

 ニューヨークのエリート高校同士のバスケの試合があった。一校はユダヤ系、他方はアフリカンーアメリカン。試合が盛り上がってきたときに、アフリカンーアメリカンの応援団が「ゲフィルトフィッシュ!」「ヤムルカ! ヤムルカ!」と叫び出し、これが大ごとになった。

 ゲフィルトフィッシュとはツミレみたいなユダヤ料理で、ヤムルカはユダヤ教の男性がかぶっている小さなお皿みたいな帽子。

 ユダヤ系の生徒の父親は「わたしたちが『スイカ』『カラードグリーン』などと言えば黒人は人種暴動を起こしたはずだ」と怒り心頭。ちなみにスイカ、カラードグリーンはアフリカンーアメリカンの好物。

 このお父さんはポイントをついている。「黒人だけが他人種、他エスニックを揶揄できるライセンスを持っている」問題ですね。

 黒人は奴隷制と人種差別でさんざんな思いをしてきたし、白人は加害者なので、白人は黒人をからかえない(少なくとも公の場では)、けれど黒人はなんでも言える、という状況がアメリカにはある。

 いずれにせよ、これはマイノリティ同士の話ではある。白人アメリカ人に向かって『コーク!』『ハンバーガー!』と叫んでも全然嫌みにならないし。あ、でもイタリア系に『スパゲッティ!』とか、アイルランド系に『ジャガイモ!』とかいうと、やっぱりケンカに
なるか。

 難しい国です、アメリカ。

■2004/05/02 (日) 晴天の日のハーレム

 NY Streamというストリーミング映像サイトで、わたしのハーレム・ウォーキング・ツアーを取材していただいた。その日はお天気もよく、取材先の店の人たちもみんなよくしてくれて、楽しい仕事となった。
http://www.nystream.net/tourism/harlemtour/index.html

 ハーレムほど天気によって雰囲気が変わる街も少ないかもしれない。青空が広がると、空間の広く取られた街の造りが際立つ。歩いていて、のんびり、ゆったりとした気分に浸れるのだ。

 取材の前日にツアーがあり、男性客ふたりと、ハーレムいちばんの廃虚エリアを歩いていたときのこと。通りの右側にはガラスの無くなった真っ黒な窓枠が目立つガイコツみたいな廃虚が並ぶ。けれど左手側には公園があり、ベンチにはお天気が良いのでお年寄りが
数人座っていた。街路樹は春になって緑の葉っぱをつけているし、そこから木漏れ日が差している。

 そんな複雑な風景を前にして、お客さんは「ハーレムって思っていたより良いところだなあ」と言った。

追記:読み直して気づいたけれど、ブルックリンやブロンクスでの事件についてたくさん書いている。「ハーレムの方が安全」を強調するために意図的に書いているわけでは決してない。日々の事件を拾うと必然的にこうなる。

by dabadabax | 2004-08-31 07:23 | NY-街並み
2004年 08月 30日

ハーレム(その4 )

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by dabadabax | 2004-08-30 21:45 | NY-街並み
2004年 08月 30日

ハーレム(その3)

ハーレムについて私が偏見を持っていたことに対して、皆さんも同じだったというコメントを多く頂きました。もしかしたら見方が変わるかもしれないと。昨日は今までで一番多くの方が見に来てくださり、関心を持ってくださった方も多かったのでしょう。ありがとうございます。

私はただの旅行者ですし、ハーレムに住んだこともありません。ですので私の見方はほんの少しの経験を基にしたものです。昨日述べましたコロンビア大学は116丁目にあり、ハーレムの125丁目までは歩いてもすぐです。NYに長く住むその方たちにいろいろな話を聞いたのですが、その人たちにとってのハーレムは、普通の隣町って感じのようです。一度美味しい有名なレストランに行くからと誘われたのですが、都合で行けなかったのが残念でした。

昨日紹介したあきつさんが述べてますように、ハーレムはいいところなのかも知れません。犯罪も確かに起こるでしょうから、気をつける必要もあるでしょう。でもそこには多くの人たちが住んでおり、様々な素晴らしい文化、価値観があるはずです。それを一般化して決め付けることだけは、私は避けたいなと思います。

ハーレムに住んで7年になるという堂本さんは、精力的に執筆をしていらっしゃるライターです。HPを是非覗いてみてください。ハーレムのことだけでなく、日々の考察など、彼女なりの鋭い視点で捉えています。

明日、34丁目のマディソンスクエアガーデン(NBAの試合が行われるところ)で共和党の大会があるようで、今日は反ブッシュの人たちが25万人、その近くの通りを埋め尽くしたと、先ほどニュースでやっていました。NYも揺れ動くこれから4日間のようです。

ハーレムの写真、つたないものばかりですが、並べてみます。何かを感じて頂ければ幸せです。まずはお店シリーズです。露天もたくさん出ていましたが、不法滞在の人も多いので写真は控えた方がいいとアドバイスされました。女の子が売っているのはマンゴーです。
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by dabadabax | 2004-08-30 21:07 | NY-街並み
2004年 08月 29日

ハーレム(その2)

ハーレムにこだわるようになった理由の一つはやはりジャズでした。ジャズ発祥の地、ニューオーリンズからやってきたジャズは、このハーレムで1920年代に隆盛を極めたようです。私の好きなデューク エリントンがコットン クラブで活躍。ルイ アームストロング、ビリー ホリデイ、エラ フィッツジェラルドなど、そうそうたるプレイヤー、シンガーが活躍した当時は本当に絢爛豪華なクラブでスイングジャズが流れたことでしょう。

写真右はジャズ好きの友人お勧めのShowmans、今回行けなかったのがとても残念でした。右は有名なアポロシアター。以前ここでハーレムの歴史を綴ったミュージカル、Harlem Songを見たことがあります。1919年オープンと言う劇場内は当時の雰囲気をそのままに残しており、ハーレムの中心的存在として今も健在です。(途中経営難から閉鎖されたそうですが、再開を望むファンの後押しで復活したそうです)

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下の写真1枚目はNBA、ロサンゼルス レイカーズの名ポイントガードだったマジック ジョンソンが引退後建てた総合ビル。このビルの建設でハーレムの再開発が始まったそうです。2枚目はビリー ホリデーも出演したという由緒あるジャズクラブ、レノックス ラウンジ。こちらも昔の雰囲気そのままの素敵なクラブです。ハーレムで聞くジャズはミッドタウンとは違い、歴史が感じられます。最後の写真はレノックス ラウンジの前の人々。この辺りがハーレム一番の中心街です。クリントン前大統領のオフィスも通りの右のすぐのところのビルにあるそうです。私たちはこの後、ここの通り(125丁目)を北に向かって138丁目まで歩いて行きました。
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by dabadabax | 2004-08-29 15:33 | NY-街並み