カテゴリ:タヒチ( 26 )


2009年 09月 13日

タヒチアンブルーに魅せられて(28、完)

タヒチアンブルー
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タヒチの海はどの島に行っても透き通り、言葉では説明できない美しさのラグーンブルーは忘れられない。それ以上にそれぞれの島で出会った信じられないほと親切な人々のおかげで、私たちの旅は美しい空と海以上に素晴らしいものとなった。

次はいつになるか分からないけど、チャンスがあればまた是非行きたい。マウピティのマークからは写真を送ってとメール。マリオンの家族とは最終日にタヒチ島のスーパー、カルフールでまたパッタリと出会い、ヒルトンホテルのカフェでしばし別れを惜しんだ。マルセイユに戻ってからは写真を添付したメールが届く。ランギロアのフレディは、デボラが始めたタヒチアンダンスのクラスに参加していると言う。オディールとデボラも元気みたい。タヒチ島でヒッチハイクさせてくれた男性は、来年東京に来ると言う。その他お世話になった人たちにもお礼のメールを出した。いつかみんなにまた会いたい。

そして一緒に行ってくれた友達2人にも感謝、感謝。2人のおかげで旅はもっともっと楽しいものとなった。本当にありがとう。また一緒に行ってね。
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ランギロア島を歩いていると霊園に出会った。ほとんどの島民はキリスト教信者だというお墓は、荼毘になんか付さない人々を手厚く葬ってある。ボラボラの海に少し散骨した私は、もしかしたらいけないことをしたのかなあと思いながら、美しいタヒチを後にした。でもあの美しい海なら夫も喜んでいるのではないだろうか。そうであって欲しい。
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私のお土産

by dabadabax | 2009-09-13 17:14 | タヒチ
2009年 09月 13日

タヒチアンブルーに魅せられて(27)

2人の見送り
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ペンション・ジョセフィーヌのベランダに、朝早くから宿泊客が集合。一目でもイルカがジャンプするのを見ようとひたすら待っていた。
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午前10時前、ようやく一度だけジャンプするのが見えた(かなりのピンボケだけど)。
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空港には、今日は休みだというオディールとデボラが、バイクに颯爽とに乗って見送りに来てくれた。パペーテ出身だという2人がランギロアで働いているのには、色々な事情があるのだろう。だがランギロアロッジの5日分の宿泊料より高かったジョセフィーヌより、ロッジで知り合った2人のおかげで、ランギロア島では楽しい思い出がたくさんできた。本当に本当にありがとう。ランギロアロッジは本当にお薦めだった。

by dabadabax | 2009-09-13 16:35 | タヒチ
2009年 09月 10日

タヒチアンブルーに魅せられて(26)

ペンション・ジョセフィーヌ
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ペンションはティプタパスに面している島一番の場所にある。ここではいながらにしてイルカのジャンプが見られるという。
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各部屋にはロマンチックなベッドと、もう1つベッドがある。
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だけどバンガローの周りは植物で覆われ、スコールの後はまたまた蚊に襲われる。ドアの上には壁がないため、その蚊が部屋の中に遠慮なく入って来る。
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デボラはこの日はこのペンションで夜の食事のサービスのバイトをしていた。本当に良く働く。ダンスで鍛えた彼女は、ドレスの立ち姿も決まっていてかっこいい。(写真はぼけているけど)
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食事はどこでもマグロの生にソースというのが定番みたい。
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マヒマヒ(シイラ)のココナッツソースあえも飽きてきた。オディールが作ってくれたバーベキューの方がずっとずっと美味しかった。
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デザートは杏みたいなのが入ったケーキ。何も食べていないデボラのために、日本から持ってきたプラスチックのお皿に少しずつ取り分けて部屋に持って帰った。9時に仕事が終わり、バイクで迎えにきたオディールとともに、部屋で最後の晩餐。かすめてきた料理をデボラが食べ、私たちは夜遅くまで、あれこれ大笑いしながら話し続けた。私たちの荷物の中には大したものはなかったけれど、残せるものは全部残した。かけがえのない友達になった2人のために。

by dabadabax | 2009-09-10 23:57 | タヒチ
2009年 09月 10日

タヒチアンブルーに魅せられて(25)

ロッジからティプタパスへ
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オディールとデボラは翌日のお昼もプロシットという魚の串刺しのようなものを買ってきてご馳走してくれた。それがランギロアロッジ最後の食事となった。2人は本当に本当に親切で、英語とフランス語のちゃんぽんの楽しい会話が、途切れることなく続いた。
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小屋のようなロッジで何をすればいいのかと最初心配だったが、何もせず寝椅子に寝っころがって、ひたすらのんびり海を眺めているのが最高の贅沢だと知った。5mも海に入ればスノーケリングもできる。美しい海と手作りの美味しい食事、楽しくて優しい人たち、これ以上のものはいらない。
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一緒に行った友人が、最後だからとグラスボートをプレゼントしてくれた。感謝、感謝。オディールが運転するトラックに乗って、またまた島の反対側のディプタパスへ。
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床の一部がガラスになっているボートでしばらく進むと、ものすごい数の魚が見えてくる。餌が投げられると、サメを始めとして美しい色の魚たちがこの通り。できればここでも海に入って泳いでみたかった。この写真は水族館ではなく、グラスボートから見た海の中。信じられない数だった。
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レマンタクラブのベースに戻ると、デボラとオディールが働いていた。本当にきびきびとよく働き、気持ちがいい2人だ。
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また2人に送ってもらい、フレディお薦めのペンション、ジョセフィーヌへ。ラグーンと外海の海の流れが入れ替わるパスに面するペンションの前では、釣り人が釣りをしていた。

実は2日前にこの先でジョンマリーがマンツーマンでスノーケリングをさせてくれたのだが、流れがあまりにも急ですぐにギブアップ。同じボートでダイビングで海に飛び込んだフランスから来た人たちは、海の荒れなんかものともせず、マンタが見えたとか興奮していた。こういう海で働くオーストラリアの美羽ちゃんは、本当にすごいと思った。

アイバーソン

by dabadabax | 2009-09-10 14:27 | タヒチ
2009年 09月 08日

タヒチアンブルーに魅せられて(24)

オディールとデボラ
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「ハワイと比べてタヒチは花が少ない」とハワイに住んでいた友人は言っていた。だけどランギロアの島にもタヒチの花、ティアレを始め、ブーゲンビリア、ハイビスカス、プルメリアなどなどが、あちこちに咲いていて美しい。
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道端の花々を少し頂いてくると、オディールとデボラがココナツを持ってきて、ジュースを作ってくれて一緒にお昼を食べた。
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オディール(右)は英語を少し話すけど、デボラはフランス語のみ。フランス語を教えてもらいながら、何ともおかしい会話が続き楽しかった。夜にはバーベキューをしてくれると言っていたが、仕事が長引いて遅く帰ってきてバーベキューはできなかった。だが台所でソースを作って焼いてくれたチキンやマヒマヒ(シイラ)、コーン、レーズン入りのご飯は、タヒチのどこで食べたものよりも美味しいご馳走だった。お米は鍋で炊いていたが、ふたは最後ちょっとするだけで、途中スプーンでぐるぐる回してからコーンとレーズンを入れるという方法だったが、とっても美味しく炊けていて驚いた。
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よーく聞くと、デボラは1998年のミスヘイバに選ばれたタヒチアンダンスの名手だと知ってびっくり。あの盛大なコンテストのナンバーワンダンサーに知り合えるなんて嬉しかった。8歳から週に2日、1回3時間のレッスンを受けたと言う。週2回のレッスン代は5000フラン。当時月に2万フランの授業料を払えたのは、フランス人の両親だからと聞いた。タヒチアンダンスは裕福な家庭の子女でないとできないのだそうだ。タヒチアンダンスを教えたいと言っていた願いが叶うといいなと思った。

by dabadabax | 2009-09-08 13:31 | タヒチ
2009年 09月 06日

タヒチアンブルーに魅せられて(23)

ブルーラグーン(2)
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帰りは同じように船まで歩く。もう少し行くと深くなり、荷物は頭の上にしっかり持たないと濡れてしまう。
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船の上に持ち上げられたサメはこの大きさ。大きくなるともっと沖に行くそうだ。
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もう1つのツアーの船では、出発するまでお客さんをサメと一緒に泳がせてくれていた。できるものなら、私も泳いでみたかった。サメと一緒に泳ぐチャンスなんてそうはないでしょ。
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アバトルの村が見えてくると、マンタが泳いでいたり、イルカがジャンプするのが見られて、みんな大興奮だった。
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港では子どもたちが海に入っておしゃべり。これだけ暑いと、海につかってというのがいいんだろうな。泳ぐわけではないみたい。でも港でもこのブルーの澄んだ海。不思議である。

by dabadabax | 2009-09-06 01:01 | タヒチ
2009年 09月 02日

タヒチアンブルーに魅せられて(21)

ランギロア島を自転車で
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ランギロアロッジからかなりの距離があるが、貸自転車でもう1つの端まで行ってみようと思った。まずは日本人が50年前に指導したと言われるゴーギャンパールへ。黒真珠の養殖をしている。黒蝶貝が欲しいと言う友人のために聞いてみると、わざわざ洗って手渡してくれた。しかも無料。感謝、感謝だった。途中フレディが薦めてくれたレストランで休もうとすると、フレディがフランス人の仲間といて、アイスクリームをご馳走してくれた。感謝、感謝。本当にみんな親切だ。
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1本道には何箇所も細い水路があり、橋がかかっている。右のラグーン側の海はコバルトブルー。
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だが左に目をやると外海は灰色。波が荒い。こんなにも違う。
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カレッジやペンションや空港を通り過ぎると、高級リゾートホテル、キアオラがある。プールや水上コテージもあり、本当に美しい。ランギロアロッジとはえらい違いだ。晴れていた空が一瞬のうちに暗くなり、激しい雨が降ったかと思うとすぐにやむ。雨上がりにバーで美味しいサンドイッチを食べたが、コーヒーも150フランと格安なのに驚いた。(宿は高いと思う)。
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だがどこに行っても、こういうホテルに泊まりたいとは思わなくなった。あまりにも人工的すぎるし高い。土地の人と触れ合うチャンスも少ないと思う。リゾートだから、それがいいと思うカップルやお金持ちにはいいのだろうが。
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ここが左の端のティプタパス(水路)。波がとても荒い。最終日に泊まるジョセフィーヌというペンションはこの右の方にあった。
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晴れていたかと思うと急にスコールになり、すぐ上がるという島特有の天気に悩まされながら、やっとロッジに辿り着くと、「途中で帰った友人が島の端にいるから行く?」って聞かれた。このトラックに乗せてもらって、また反対側に行ったのが、レマンタクラブで働くオディールとデボラとの出会いだった。

by dabadabax | 2009-09-02 00:22 | タヒチ
2009年 08月 31日

タヒチアンブルーに魅せられて(20)

美人で有能なフレディとアバトル村
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「キアオラ(島一番の高級リゾートホテル)は値段なんか気にしないハネムーナーとかが泊まるけど、うちのロッジはとことんプライスを気にする人が泊まるのよ。こういう所も必要だと思う」とジュリア・ロバーツに似た美人でスタイル抜群のフレディは言う。「そう、私も値段を一番気にしてここを選んだのよ」と大笑いになった。
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フレディはレマンタクラブ(左の赤い屋根の建物)というランギロアで一番古いダイビングクラブの代表を任されていて、その事務能力の高さ、率直さにも感心させられた。最後の一泊をホテルに変更した私に、「ホテルより、ジョセフィーヌというペンションがステキだからそっちにしたら」と手続きをしてくれる。「前に結婚していた夫はパリの歯医者で金持ちだったからと、ランギロアロッジとその隣の家も所有している」と言う。「だけど今は金持ちじゃないのよ。ダイビングクラブも今は5つもあるから、競争が結構大変。ボーイフレンドのジャン・マリと一緒にやっているのよ。以前ここで働いていた日本人女性が、キアオラに移ってから日本人は少なくなった」と微笑みながら、私たちのアクティビティの相談に次々とのってくれる。食べたり、買ったりするところも、ここが安いとか、美味しいとか教えてくれる魅力的な女性である。
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ランギロア島は観光局の地図にもあるように、ネックレス状に細長い島々が丸く連なっているが、その中にはタヒチ島がすっぽり入る大きさの大きな海のようなラグーンがある。その1つの島に空港があり、言ってみればかまぼこの板を東西にぐーっと延ばしたようなその島の長さは10km。その中に1本まっすぐ道路が走る。

泊まったロッジはその右端のアバトルという村にあり、民家が並ぶ中にはスーパーや店、学校、銀行、郵便局、教会などがある。使う水はすべて雨水で、各家庭には大きなタンクが設置され、屋根のといから溜めている貴重品。今の季節は毎日何回か5-10分くらいワーッと降るスコールがあるが、夏(日本の冬)には2ヶ月くらい降らないときもあると言う。島にはキアオラを始め、3箇所だけ海水を真水に変える設備を持ったところがあるそうだ。
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ある家には発泡スチロールの箱を並べてトマト、キュウリ、サラダ菜などを育てる家庭菜園があった。ココナツ、バナナなどはなっている家が多かったが、こうして野菜を作るなんていいアイディアだと思った。
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教会も通り過ぎてしばらく行くと、この島の端、パス(水路)に出る。パペーテから来たという夫婦が大きな魚を1匹釣り上げていて、釣りの好きな私にも親切にもさせてくれた。白身の魚をはさみで切りとってえさにするなんて初めてだ。さおを投げ入れると透明な水の中で強い引きがあるが、えさを喰らいとって逃げていく魚の方が、私よりも数段上手だった。

夜は送迎をしてくれるルカイカイというレストランで食し、帰りはタヒチアンダンスショーがあるからとキアオラに送ってくれた。レストランのベランダで行われるショーは、パペーテやボラボラでのコンテストとは全く異なるものだった。ロッジには手配してくれたタクシーで戻ったが、夜の一本道は街灯がないところも多く、真っ暗。車でなければ帰れない。

by dabadabax | 2009-08-31 00:45 | タヒチ
2009年 08月 29日

タヒチアンブルーに魅せられて(19)

ランギロア島の小屋に泊まる
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7月19日、友人の1人が仕事で午前7時発の飛行機で日本に帰ったため、私たちも7時15分の国内線でランギロア島に向かった。タヒチ観光局のHPにはこう記してある。「広大な空を意味する「ライロア」という言葉が、この壮大な島の名前の由来です。ランギロアはフレンチ・ポリネシア最大の環礁の島で、地球上の4大環礁の一つでもあります。ジェイド・グリーンからターコイズ・ブルーと様々な色に輝くラグーンの比類ない美しさは、太平洋の真ん中に連なるこの島を訪れる旅人を圧倒します。そこではツアモツの温かい人々のおもてなし、絵葉書のような景色、夜空全てを覆い尽くす満天の星が皆様をお待ちしています」。 「ネックレスアイランド」と呼ばれる島は、珊瑚の真ん中の島が海に沈み、巨大な環状の珊瑚礁が残ったと言われ、世界中のダイバーのあこがれの島でもある。タヒチに行くきっかけを作ってくれた人が好きな島に、私も行ってみたかった。
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a0035442_0213936.jpgランギロアにも水上コテージを持つキアオラという高級リゾートホテルがあり、日本人はほとんどそこに泊まるか、あるいは20以上もあると言う2食付きのペンションに泊まる。でも予算に限りのある私たちは、、とにかく一番安い素泊まりのランギロアロッジを6泊予約した(1泊1人3500円くらい)。だがHPを見る度にどうしても小屋にしか見えず、せめて最後の夜はエアコンのあるホテルに泊まりたいと友人にお願いして、日本を出発する直前に最後の1泊だけ、ノボテルホテルに変更した。a0035442_0221334.jpg

パペーテから1時間くらいで着いた空港には、ジャン・マリーという男性が迎えに来てくれた。1本道をひたすら行き、「さあ着いたよ」って言われた所はやはり小屋としか思えない建物。タヒチまで来てここかと、何だかとても悲しかった。もうちょっとましな所を予約すれば良かったと後悔した。

だが学生時代、よく山小屋に泊まったという友人は、「狭いけど、ベッドが2つに洗面所、シャワーに水洗トイレまであるなんて最高じゃない。網が外に打ち付けてあり、蚊も入らない。日本の山小屋や海の家だったらあり得ない」と言う。鎌倉に住み湘南の海にも詳しい人が、そう言って慰めてくれる。

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部屋を出るとすぐに台所もあり、冷蔵庫、調理器具も一応揃い、いつも清潔に掃除されていた。近くのスーパーで野菜をいっぱい買ってきて調理し、野菜不足を補った。結果的にみれば、自炊できるのも最高だった。

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このランギロアで私たちはまた素晴らしい人たちに出会い、この小屋のようなロッジが私たちには最良の選択だったと知るのだった。私は完全に間違っていた。

ランギロアに住む写真家、西村さんのHP
キアオラに泊まった人のHP
。ランギロアで高級ホテルやペンションに泊まる人々の感想がいっぱい。でも一番安い宿に泊まった私たちは、まったく異なる素晴らしい経験ができた。

ロッジの目の前にはこんな海があった

by dabadabax | 2009-08-29 00:23 | タヒチ
2009年 08月 26日

タヒチアンブルーに魅せられて(18)

お祝いとヒッチハイク
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ボラボラ島を無事に後にして、タヒチ島のパペーテのゲストハウスに到着。3つベッドのあるきれいな部屋を用意してくれ、日本から持ってきたうどんを夕食にした。その後港のルロットに行くと、なんとマウピティで一緒だったマリオン一家とばったり遭遇。しばし奇遇を喜んだ後、のんびりとトアタに歩くと、タヒチアンダンスのコンテストのチケットは5分前に売り切れたと言う。その日は優勝候補のチーム出場ですごい盛り上がりだったらしい。残念だったけど近くのカフェでデザートを食べ、また歩いて帰った。

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翌日は 親友2人が、インターコンチホテルで私の誕生日をシャンペンを始め、ゴージャスに祝ってくれた。美味しいランチとアイスを美しい海を見ながらご馳走になった。本当にありがとう。素晴らしくて嬉しいお祝いだった。
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a0035442_2320271.jpg(タヒチの人たちにとって、入れ墨はアイデンティそのもの) その日は土曜日。タヒチ博物館に行くのならその日しかない。行きのバスは午後1本だけあるけど、帰りはない。駄目だと思っていたら、ゲストハウスのオーナー夫妻が「帰りはカルフールまでヒッチハイクをしなさい」と言う。カルフールはインターコンチの先にある大型スーパーで、そこからはトアタまでルトラックがある

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だが昔、大学に入ったばかりの頃、軽井沢で友達とヒッチハイクをしたが、乗せてくれたトラックの運転手に、「若い女の子が絶対にするもんじゃない」と諭されたことがある。それ以来怖くて二度としたことがない。「殺されたりしないの?大丈夫なの?」って聞いたら、「タヒチの人間はフランス人以外には親切だから、全然心配ない。絶対に乗せてくれるよ」と言う。

ホテルを出て丁度来たバスに乗り1人で博物館まで行ったが、結構遠く、とても歩ける距離ではない。博物館ではタヒチの歴史、生活、文化など興味深い展示を多く見た。こんなカヌーで太平洋をあちこち渡ったと知り、すごいと思った。オーナーに聞いた言葉を書いた紙を持ち、博物館で車に乗る家族に聞いたら、カルフール方面には行かないという。バス道路に向けて歩いていると、家から出て車に乗る男性がいて、思い切って聞いてみた。「山の上の方にある家に帰るのだけど、せっかくタヒチに来てくれたのだから、カルフールまで送りますよ」と言ってくれる。

a0035442_22445729.jpg「子どもの頃、父親の仕事でタヒチで過ごし、やはり忘れられなくてパリから来た」と言う。「東京には行ったことはないが、できたら電車に乗ってみたい」そうで、「いつでもどうぞ」と答えた。「実はNBAの仕事をしているのだけど」と言うと、「妻の弟がフランスでバスケをしていて、トニー・パーカーとか良く知っている」と盛り上がった。私の住所とメールアドレスを渡すと、くれた名刺にはフランス国立海洋研究所勤務とあった。

3年前に優勝したフランス人、パーカーは他のフランス人も良く知っていて、今度来るときはパーカーの写真を載せた名刺を作ってくればいいんだと思った。何度もお礼を言ってカルフールで別れ、人生2度目のヒッチハイクは無事に終わった。カルフールで食料を仕入れ、トアタまでルトラックに乗り、無事に友達に会えた。買ってきたもので3人で夕食を済ませ、素晴らしいダンスに酔いしれた。 

帰りはケイさんが車で迎えに来てくれ、ご主人にもヒッチハイクが無事にできたことを伝えた。「どうしてフランス人以外にはタヒチの人は親切なんですか」と聞くと、「我々は独立したいんだ」との話。それがタヒチの人の願いなんだと知った。自治領とはいえども、フランスの支配は厳然と続いているだけに、そうだろうなと思った。

by dabadabax | 2009-08-26 22:30 | タヒチ