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2007年 06月 10日

ファイナル第1戦後

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ファイナル第2戦まで3日間もあるので、nba.comで垣間見た記事の中から、私の興味深いと思ったもののさわりを少し。(私の意見も入っていますけど、長くなりましたので、お好きなところだけ、読んでください)

1)パーカーを止めるのは簡単ではない話。
キャブズの選手でワン・オン・ワンでパーカーの速さについていけるものはいない。リーグ2年目だった2003年のネッツとのファイナル(最終的に優勝)ではひどいプレイが目立ち、スピーディ・クラクストンにヒーローの座を奪われた(クラクストンはその後、FAで移籍)。2005年のピストンズとのファイナルでもチームは3度目の優勝は飾ったが、パーカーはアシストを24記録したものの、ターンオーバーも22犯した。

それが今季2007年のファイナル第1戦では、レブロンが16本中4本のフィールドゴールに終わったのに対し、パーカーは速攻からインサイドに切り込んで23本中12本のショットを決めてゲームハイの27得点、7アシストをマーク。目覚しい成長ぶりが伺え、ファイナルで一番の鍵を握るのではと言われる。7月7日に女優エヴァ・モンゴリア(デスパレートな妻たち)との結婚を控えているだけに、余計に燃えているのかもしれない。ファイナルの晴れ舞台での活躍、そして優勝は彼女に最高のプレゼントになるものね。

2)そのパーカーとマッチアップしたキャブズのヒューズの話

カンファレンス・ファイナルのピストンズ戦で足底筋を痛め、まだ相当の痛みを抱えてファイナル第1戦をプレイしたようだ。今季のレギュラーシーズンのスパーズに2勝した試合のいずれも18得点をあげただけに、この第1戦では23分のプレイで5本中1本の2得点に終わったのは痛かった。パーカーの速さについていけないので、レブロンがマッチアップをする場面も見られた。

だがマイク・ブラウンHCは、ピストンズとの最終戦とファイナル第1戦で、チーム最多の得点をあげたルーキーのギブソンを、ヒューズに代えて第2戦でスターターに起用するつもりはないと言われる。ヒューズも勝つために変更が必要なら仕方ないが、全力を尽くすと言う。ちなみにギブソンはサンアントニオの高校を出て、テキサス大で2年を終えた段階でキャブズ入りしたそうで、本来なら地元の星で大歓迎を受けるはずだが、敵チームとあってはスパーズのアリーナでは声援は受けられない。それにしてもこの大舞台でも全く動じず、チームハイの16得点をあげた度胸は本当に見上げたもの。今季のルーキー・オブ・ザ・イヤーはポートランド・トレイルブレイザーズのブランドン・ロイがもらったが、一躍世界中に名前を知られたのはこのギブソンだろう。


3)第2戦でキャブズが反撃できるかどうかの話

キャブズはこのプレイオフで魔のクォーターとなっている第3Qに14-24とまたまた圧倒されたが、第4Qは27-21と制し、スパーズのディフェンス克服方法を見出し始めた。レブロンはこれまでもやられたときには、必ず反撃して勝ってきた。 第2戦が終われば、次の3戦はこのプレイオフで1敗しかしていないホームでの試合となる。

キャブズは今年のプレイオフで、セカンドラウンドのネッツとのホームでの第5戦に72-83と敗退。勝っていればそこで終わっていたのに負けたが、次の試合でネッツを退けた。ピストンズとのカンファレンス・ファイナルでも0勝2敗とされ、もう終わったと思われたが、そこから怒涛の4連勝を飾って勝ち上がった。選手もコーチもスパーズとの初戦は完敗したが、もう引きずってはいないと言う。

4)キャブズのデイビッド・ウェズリーの話

このプレイオフのボックス・スコアでいつもDNP(プレイしなかった)と表示されているウェズリーは、実はプレイオフ快進撃を始めた4月終盤、ホームのアリーナで練習しているときに、兄が突然亡くなったという電話を受け、家族のもとに急遽かけつけた。そしてチームに戻らないとGMに電話したそうだが、2週間後にまた戻ることを決意。サンアントニオで生まれ、近郊の学校に通ったというウェズリーはチームメイトからのサポートを受け、14年目のキャリアで初めてファイナルへ進出したことが何よりの癒しになっているそうだ。レポーターを務めたり、ロッカールームでは緊張をほぐす役目もしていると言われる。

5)スパーズの英雄、デイビッド・ロビンソンの話

チームの大黒柱として1999年、2003年の優勝をもたらしたデイビッド・ロビンソンは、レブロンが勢いと興奮をリーグにもたらし、ファイナルを盛り上げていると語った。つまり、リーグが必要としていた注目を、最ももたらしている選手だということ。だがレブロンがダンカンを凌ぐなんてことは思ってはいないと言う。「ティムは数字は前ほどではないが、全体として自分がこれまで目にした中でも、恐らく最高のバスケットボールをしていると思う」と語った。スパーズ一筋でプレイし、2003年に優勝した後、引退という、選手なら誰でもあこがれる最高のプレイ人生を送ったが、ダンカン、パーカー、ジノビリーも同じルートを辿りそうな勢いである。

6)ブラウンHCの話

キャブズのブラウンHCは、スパーズのポポビッチHCの下で3年間アシスタントコーチを務めたが、何千本ものワインのコレクターでもあるポポビッチHCにいくら手ほどきを受けても、ワインには赤と白があること意外は分からなかったと言う。 ブラウンHCはサンアントニオにまだ家を所有しており、両親が住んでいるそうで、人々もフレンドリーで素晴らしい街だと言う。子どもたちも友達がいっぱいいて、今回サンアントニオに来てからは友達と会うのに忙しく、HCが子どもたちに会うのはゲームのときだけだと言う。



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by dabadabax | 2007-06-10 14:52 | NBA


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